日本航海学会誌平成12年12月(第146号)
 

「大阪港港大橋通航の緊張感」
 A Study of Hazardous Traffic Situation in Osaka Harbor.
        --- Under the Osaka Harbor Bridge-
 

 1.はじめに

 大阪港は古来、河川内港といわれていた。この港では昭和40年代に南港コンテナバースが
供用開始され、また昭和47年7月15日には築港と南港を結ぶ港大橋が開通供用された。
 それを境に、大阪港における外貨物取扱量は急激に伸びつづけており、最近の入港隻数を
他港と比較すると、入港総数、外国船隻数、内航船隻数すべてにおいて、国内第4位に
位置している。これにともない、入港船の大型化も近年、顕著であり、昭和47年港大橋の
供用開始時には、通航船の最大船型は総トン数(GT)37,000トンのコンテナ船で、
全長(LOA)も最大のものでせいぜい237m程度であったものが、その後船社の要望に
こたえるべく暫時大橋通航最大船型の大型化が計られ、現在の最大船型は、GTで69,800トン、
LOAは299mまでに至っている。

 この間、すなわち船型がアップしていく時期に、大阪港で入出港のために改善が図られた点
と言えば、バース前面の回頭泊地の広さであり、港湾設計規準に定める2L=600mが
浚渫により確保されたこと、および出港回頭の目安にトランジットラインが設けられたことである。

 さらには、この泊地が尻無川、木津川方面への内航船の通航路でもある点を重視して、
大型コンテナ船が出港時に通航他船に迷惑を掛けぬよう速やかに回頭を終わらせるべく、
一定の船型以上のコンテナ船に対しては、バウスラスターの能力の如何に拘わらず、
タグボートを2隻配備すべきことが定められた。
 これらは多いに評価されるべき改善点ではある。

 しかしながらこれらの改善にも拘わらず、大阪港においては大型船通航時における危険性が
潜在的に存在しており、その一つが港大橋通航時のものである。
 著者は大阪港内にて操船を業とする仕事について8年程経つが、この間、港大橋通航時には
身に迫る緊張感から開放されることはない。

 そこで本報告では大阪港の外貿貨物を最も多量に取り扱っている南港コンテナ岸壁に
離着桟する大型コンテナ船が必ず通過しなければならない港大橋通航時の安全上の
問題を取り上げることとする。

  (港大橋の概況写真1.)
   入港する大型コンテナ船Ever Ultra69,218GT。
  ここから激右転(右小回り)して、コンテナ岸壁(C1〜C4)へ向かう。
  ここは、入港よりも、出港時の方が、難度が高い。
 

  (註)写真撮影は、航行の安全上、船舶輻輳度の比較的少ない昼間を選んで撮影しました。
   この付近では、朝夕のラッシュアワー時が最も船が多く、カメラのファインダーを覗くと
   朝夕は必ず、5〜6隻の船舶が見えている。
 

2.港大橋通航時の緊張感

 大阪港の特色といえば、内航船、フェリー、パイロットが乗船していない小型(1万トン未満)
の外航船(No Pilot船)が多いことが上げられる。写真1は入港する大型コンテナ船
(Ever Ultra:69,218GT)だが、写真に示す港大橋付近より、激右転(右小回り)
してコンテナ岸壁(バースナンバー:C1〜C4)へ向かう。
 ここは入港よりも出港時の方がはるかに操船の難度が高く、特に朝夕のラッシュアワー時の
港大橋通航船は、すべての船舶において緊張の度合いがピークに達しているものと思われる。

 港大橋通航時の危険度の特徴は以下にまとめられる。
(1)大橋を基点に水路が大きく湾曲しており、出港時は、大橋の手前1.5L=450mの
  ところで55度も左転しなくてはならない。
(2)大橋を基点に水路は4差路(安治川大関門方面、木津川方面、尻無川方面、第2、
  第3突堤間スリップ出入り)となっており、船舶が輻輳する状況を作り出している。
(3)通航時に右小回り、左大回りが必要である。これは港大橋付近のバース
  (バースナンバーC4)に大型コンテナ船が停泊している場合、ここを通航する行き会い船は
  互いに相手船を視認することが出来ないためである。
(4)出港する大型コンテナ船の動静を把握せぬまま,漫然と港大橋に浸入するNo Pilot船が多い。
  Pilotが乗船している船舶同士は、トランシーバ交信により、港大橋付近での行き会いを回避している。
  No Pilot船は自船のことで精一杯なのかもしれないがVHF Ch16で呼び出しても答えてくれない
  ことが多い。

  著者は大阪港からのメッセージの発信を主目的として、平成10年10月「海と船の写真展」という名の
 ホームページを開設し、この中で当初から港大橋通航時の緊張感を紹介してきたので、ご参照いただければ
 幸いである。
  併せてこの様な港内架橋は安全であるのか、港湾設計上の問題は無いのかといった点について、
 常に強い関心を抱いている。
 

3.大型コンテナ船の出入港の状況

 ここでは日常大型コンテナ船の出入港操船をしながら配慮していることを述べてみたい。
港大橋は入港時に比べて大幅屈曲部(55度左転)から橋脚までの直進距離が極めて
短い(1.5L)出港時が特筆される。

 港大橋の概況は、水深13.5mの可航幅は350mであり、最大潮時での桁下高49mが
確保されている可航幅は280mとなっている。
 なお、今回掲載する写真は著者が撮影したものであるが、航行の安全上、船舶輻輳度の
比較的少ない昼間を選んで撮影を行った。この付近では、朝夕のラッシュアワーが最も船が多く、
カメラのファインダーを覗くと朝夕は、必ず5〜6隻の船舶が見られる。

3.1 出港操船の概要および安全上の配慮

  図1および図2に出港時操船例と港大橋の側面図を示す。以下の写真2から写真7は
大型コンテナ船(Ever Union:GT69,218トン,LOA283m)のC3からの出港の
状況を示している。  

       

                 図1.港大橋付近出港操船例図
 
 

                         図2.港大橋側面図
 
 

(1)出港1(写真2
 

  引出し離岸後100度右回頭時。木津川方面への入港船の通航路を確保する為に、
  或いは、大橋通航時の左大回りの準備の為に距岸距離は、350度トランジットライン付近
  まで引出す。これは又、事後の激左転をしやすくする。(図1.操船例図ABの中間。)
 

(2)出港2(写真3)

  
    140度右回頭。この辺りでは、木津川方面への入港船と出会う時、相手船は本船の
  後方を通るべきか船首方向を通るべきか躊躇する事が多い。(図1.操船例図B)
 

(3)出港3(写真4)
  
  
  165度右回頭。この船首方位ではまだ、機関は前進にかけられない。左側の通航航路幅が
  不充分であり、入港船が慌てる。もうすこし左側を空けてやる必要がある。
   本船もここで前進をはじめると橋脚の真中への変針が難しくなる。
   この後さらにタグボートを用いて右に15度変針し操船進路350度のトランジットラインにのせる。
   大橋の針向こう側の視認困難なため、左大回りを厳守しなければならない。
   (図1.操船例図BCの中間。)
 

(4)出港4(写真5)
  
  
  この写真は、トランジットラインの針路になった後に機関を前進にかけ、舵はHard Portで
  左転を開始し、船首方位が350度から左へ25度回頭したところである。
   ここで入港してくる船舶が見とおせる状態になる。

   橋脚までの距離1L。 舵はHard Portを継続している。  
   この状態において、尻無川へ向かう船、尻無川から出てくる船、第2突堤/第3突堤の間から錨を
  引きずりながら後進状態で通航路上に出てくる船がある場合に状況によってはパニックになる。
   特に夜間の出港時は第2突堤、第3突堤から後進で航路に出てくる船が錨を入れているのか
  どうかが判別し難い。

   この場合は先行するタグからの報告を頼るしかない。
   汽笛の連続吹鳴や機関を後進にかけて行き脚を止める。あるいは、行き脚3ノット以内
  であれば、タグの支援を得てその場を回避するという行動を行う。
   この辺りがパイロットが最も神経を使うところである。
   船橋内が一瞬静まり返り、緊張感が周囲に漂う。
   特に回頭性能が悪いのが、LOA299mの長さをもち、水深13.5メートルマイナス10%の
  喫水12.27mでの回頭は特に注意を要する。
   UKCが1mというのも少ないと感じる。(図1操船例図においてはD)
 

(5)出港5(写真6)
  
  
  この写真は350度トランジットラインより左へ45度回頭した頃であり、船首は橋の中央部に
  向かいつつあるが、残り10度の左転を要する。
  舵はHard Portを継続している。
  大橋まで距離0.5Lである。
  ここまでくると、本船の進む方向が完全に見通せる状況となる。
    (図1操船例図においてはDとEの中間)
 

(6)出港6(写真7)
  
  
  この写真は船首方位282度、激左転が終了した後のものである。ここまでくると
  緊張状態から解放される。
   ここから先は、安治川から下ってくる船舶との見合い、さらには大関門からの入港船の進む
  方向(安治川なのか、4区方面なのか)を確かめながら8ノット程度で出港する。
    (図1操船例図においてはF)
 

3.2 入港操船の概要および安全上の配慮について

 写真8から写真13は大型コンテナ(Ever Dainty、GT:52,090トン、LOA:299m)
のバースC3への入港状況を示したものである。
 港大橋通航時の操船は、出港時と比較すると難度は低いといえる。
 この理由は、入港時は橋の手前では変針角度はわずかであり、橋脚への衝突の危険性が低いと
考えられるからである。

 しかしながら入港時においては港大橋通航後に尻無川をおりてきた船舶を見とおすことが出来ずに、
突然に見合い関係の悪い状況になることがある。
 また、右小回り(右50度の激右転)を厳守できなかった場合には、船体は航路の外側に大きく膨れ、
木津川を含め4区方面から出港してくる小型船との見合い関係が極めて悪くなる。
 このような厳しい状況になる可能性が常に存在している点を考慮した場合はやはり、入港時も
操船難度が高いといえる。
 ただし、これは「橋脚と大変針の問題」ではなく、「大変針と複雑な行き会い船状況、さらには
輻輳度の問題」といえよう。
 

(1)入港1(写真8)
  
 
  写真8は大関門入港針路65度のコースで内港航路を関門から約1,500m中に入り、右に
 20度変針したところのものである。
  コースは85度から、行き会い船との見合い角度を考慮しつつ、港大橋通過時のコース117度へ
 向けて少しずつ右転する。
  右方向への湾曲部であり港大橋通航ぎりぎりまで、行き会う船を右に見ることになる。
  この地点から港大橋までの距離は2,000mである。
 

(2)入港2(写真9)
 
 
 写真9ではさらに右に15度変針し、コースは100度になったときのものである。
 橋までの距離は800mである。右に見える反航船が極めて多くなるが、このコースをぎりぎりまで
 辛抱して維持しないと、激右転が一層困難になる。
  時には反航船が本船の右に出ようとするときがあるが、この場合は次の本船の動作である右転の
 タイミングを狂わせる事にもなる。
  本船はあくまでも港大橋の安全通航を心がけ、水路中央に位置するまでこのコースを維持する。
 

(3)入港3(写真10)
 
 
 橋までの距離は2Lあるが、まだ水路中央まで出ていない。
 従ってコースもまだ港大橋中央より左に向けている。船首方向は105度。
 この辺りでの船速は6〜7ノット、タグボードは船尾のものを6時方向にブレーキ代わりに
スタンバイさせている。
 船首タグは前方警戒に当たらせている。前方警戒のタグから4区方面、および尻無川からの
出港船の有無の報告があるのもこの辺りである。

 この位置からは4区方面からの出港船および尻無川方面からの出港船および尻無川方面からの
出港船の有無の確認は困難な見通しの効かない地形となっている。
 厳しい状況の展開が予想される際は、本船速力を4〜5ノットまで落とす。
 また舵効きを維持するために機関はDead Slowのままでブレーキとして、船尾タグを
6時の方向に引かせる。

 
(4)入港4(写真11)
 
 
 写真では船首が橋にかかったところを示している。船首方向は115度である。
 エアードラフトのクリアランスを知った上で、レーダマストが橋の中央を通過するように
 配慮した上で、舵をHard Starboardへ転舵する。
  タイミングがずれると、右小回りが不可能となり、大きく外側に膨れる。この場合、右奥の
 4区方面からの出港船がある場合は、見合い角度が悪くなり、出港船を慌てさせる事になる。
  右小回りのため、急角度50度の激右転を要する。
 

(5)入港5(写真12)
 
 
 写真は激右転の最中のものである。
 船首方位は135度で、残り35度の右転をすれば岸壁法線に平行となる。
 回頭角速度と行き脚およびバースまでの前後距離を勘案し、必要応じて機関後進をかけ、
行き脚を弱めて右回頭を促進させる。行き脚が3ノット以下に下ったところで、船首タグ
またはバウスラスターを使って、船首を岸壁の方向へ向ける。

 
(6)入港6(写真13)
 
 
 写真は船首方位170度で岸壁法線と平行となっているが、引き続き激右転中である。
 この場合の船速は2.5ノットである。バースまではあと、1L前進するのだが、ここでは
 岸壁までの距離が250メートルで離れすぎた感がある。
  UKCが少ないときは岸壁への並行接近は時間がかかりすぎるため、進入角度30度ほどで
 バースに向かう方がよい。

3.3 橋梁に対する船舶衝突事例調査と研究

 長年大阪港と付き合ってきて、大型コンテナ船での通航の危険性を感じない日は無い。
 著者は機会ある度に港大橋を通航する船舶の危険性や長尺船(LOAが250メートルを越えるもの)、
UKCが少ない船に関しては特段の注意が必要であるとの指摘をおこなってきた。著者の知る限り、
大阪港で2カ所ある通航の難所のうち1カ所がここ港大橋であると考える。
 幸いにしてここではニアミスはあるものの、大事故については皆無に等しい。

 ところが最近、諸外国における橋梁に対する船舶衝突事例が東京商船大学の庄司教授の研究に
数例紹介されていたのを見つけ、その内容に思わず息を飲んだ。
 そして私の発していた注意喚起は的を射たものであったと、自分なりに確証を得た。
 庄司教授の論文によればスウェーデンはイエテボリの北にあるTjorn Bridge、アメリカでは
タンパ湾の湾口付近にあるSunshine Skyway Bridge、さらにはアメリカのロードアイランド州にある
Newport Bridgeにおける船舶の橋梁との衝突原因に関して、橋梁付近に航路の屈曲部があること、
また屈曲部変針点から橋梁部までの直進距離が短いことが指摘されていた。

 また、ここでは橋梁までの直進距離が船の長さの8倍(8L)以下で衝突の危険が高いことを
言及している。
 そしてこの結果は、海上交通工学において航行船の避航領域として、前方8L、側方2Lに
設定されていることとほぼ等しい値になっていることも述べている。
 さらに船舶衝突事故における橋梁主スパンと直線距離の関係については、橋梁主スパンが
船の長さ(L)の3倍以下において、また橋梁までの直進距離が8L以下の場合において
衝突事故が多発していることがわかると教授は指摘している。

 これを港大橋に当てはめると、橋の主スパンは510mあるが、可航幅は280m程度考えられる。
 従ってここを約300mの船が通航するのでスパンに対しては船の長さの2倍以下であり、
さらに可航幅でみても船の長さ以下という大変危険な状態にあることがわかる。
 

4.おわりに

 大阪港港大橋における船舶と橋梁との衝突の危険性が高いことは、庄司教授の論文から
明らかであり、またコンテナ岸壁出港後、港大橋の手前1.5Lという短い直線距離のところで
60度を越える激左転が要求されることからも明らかである。
 さらに港大橋付近は4差路になっており、朝夕の船舶輻輳度が相当なことも重大な危険要因
であると考えられる。

 このような橋梁では通航路の問題によって船舶が港大橋の橋脚に衝突する可能性は橋の
構造からみて少ないものの、橋梁のアーチ状になった上部構造物への衝突や他船との
衝突事故に結びつく可能性が考えられる。
 このような立地条件、環境条件の中で特に出港時に橋梁や他船との衝突を避けるための
方法として、次の2点が重要であると考える。

(1)緊急時にタグの支援が期待できるように船速をコントロールする。
(2)他船との衝突を回避する動作過程での二次災害(橋梁との衝突)を避けるため、可能な
限り行き会い情報を事前に入手する。

 しかしながら、港大橋付近を航行する船舶の90%以上が内航船を中心としたNo Pilot船であり、
これらの多くは、行動確認の為にVHFで呼び出しても応答は期待できない状況にある。
 したがって、二次災害としての橋梁との衝突回避の為には上記の2点だけで十分とは云えない。

 今後、港湾設計を考える場合、あるいは港内における橋梁建設を計画する際は、橋梁付近を
通航する船舶のために屈曲の問題を最重点におくことは勿論であり、さらには輻輳度が
予想を超えた場合の考慮も必要である。
 また、橋梁設計にあたっては計画段階から船舶運航者側の意見をより一層採り入れて頂く事を、
著者は強く切望する次第である。

                       阪神パイロット
                          稲葉八洲雄

参考文献
(1)ホームページ「海と船の写真展」
URL;http://www.asahi-net.or.jp/~mm2y-inb/index.htm
(2)庄司邦昭:橋梁に対する船舶衝突事故調査と新素材橋脚防護施設、
日本船長協会「船長」第116号、pp52〜68(平成11年8月)

                                   以上

              目次に戻る