8.港内操船者の分身「タグボート」

 日本港湾タグ事業協会からのご依頼を頂き機関誌[
「ハーバータグ」2001年1月NO.30号に掲載されましたものです。
 
 

 北西季節風の強いある日の午後、海路45分の道のりをタグで堺泉北港からの
出港船に赴いた。

 「予報通り結構強い風になってきましたね。。やりますか??」

と独り言のようにつぶやく便乗させていただいたタグボートの船長Aさん。
 それにこたえる。
 「さっき事務所に代理店から電話が入ったんだ。」

 「風が強いのですが、タグプラスで本日中になんとか本船を出港させて頂きたい。」
といってた。
 本船の船長さんはこの状況では危険だとのことで出港したくないと云ってるようだが、
予報では今晩は一晩中吹き荒れそうだ。
 このまま桟橋につけておくのもかえってヤバイだろうな。

 私の頭の中では、すでに出港作業のシミュレーションが始まっていた。 
 タグが本船に辿りつくまでにAさんと出港作業の際のタグの使い方について
入念に打ち合わせを行なった。
 本船の船橋にはすでに代理店と船長さんが、私の到着を待っていた。
 出港制限の日没までには、まだ2時間が残されていた。

 本船は5万トンのLPG船。このバースは防波堤の外側にあり、浜寺航路の北側、
北西の風が長時間吹くとうねりが伴い船体は桟橋に打ちつけられる状態となる。
 通常はタグ3隻で出港させるが、本日は強風のため、プラスワンの4隻とした。

 その内の2隻がすでに本船にタグラインをとり、風に逆らう方向に曳きの動作をとっていた。
 本船と桟橋の過擦による損傷を防止する為の懸命の動作であった。
 本船を出港させることに、はじめは尻ごみをしていた本船の船長さんであったが、
桟橋と過擦する状況を観察するうちに、思いが決したようであった。

 「パイロットさん!出ましょう。お願いします!」と。

 予報では晩にかけて風は、より強くなっても弱くなる可能性は少なかった。
 善は急げと機関長さんにもブリッジに来てもらって、機関操作をコンピューターから
マニュアルに切り替えてもらうことなど打ち合わせをした。
 コンピューターコントロールでは融通が利かない。
 本日は緊急であり、私の発する矢継ぎ早のエンジン後進回転アップのオーダーに対応して
もらわなければならない。

 出港作業で使用したタグ4隻へのオーダーは、概ねAさんとの打合わせ通りとなった。
 風に逆らう方向に本船と桟橋間の距離がいつもの3倍以上離れるのを
待って、後進エンジンを一気に上げてゆく。
 後方に配置した2隻のタグは、本船の後進エンジンが確実にかかるのを確認後、
速やかに本船を6時方向に曳く為の姿勢に替わる。

 出港作業のすべてが、本船に赴く際にAさんと行なったシミュレーション通りであった。
 本船の後進行脚がかかり始めたら、本船は急速に風下に落とされる。
 本船の後進行脚が期待の半分であっても、タグの6時方向への曳航力だけで桟橋の
エンドドルフィンをなんとかかわせる。
 その為に必要な距桟距離は船幅の3倍であること。

 最狭部であるエンドドルフィンをかわる頃、風速が、それまで平均14メートルで
あったものが、一気に20メートルを越えた。
 船長の顔に一瞬の緊張感が走ったが、必要かつ安全な距桟距離を維持した状態で、
桟橋のエンドドルフィンをかわして、広い海域での出港回頭に入ることが出来た。

 船長さん、機関長さん、ご苦労様、4隻のタグボートよ!!よく頑張ってくれたな!
ありがとさん。お陰で無事に出港できたぜ!!

 船の大型化が顕著になった昭和40年代以降、安全な港内操船にとって、タグボートは
なくてはならない存在だ。
 港内操船者の分身・タグボート。

 ハーバーパイロットとなって8年。タグの船長さんとは肉親以上の関係、アウンの呼吸を
大切にしてきた。 互いに無言のうちに相棒の考えている事が伝わってくるような。。。

 次ぎの詩(うた)は、昭和28年7月朝鮮戦争終了と同じ頃、アメリカの作家
J.Aミッチェナーと言う人が書いた「The Bridge at Toko-ri」(トコリの橋)という小説に
でてくるものです。
 空母乗組員のすべてが、艦内外で酒を飲む度に我を忘れて夢中で歌っていた詩だ。

 旧約聖書の詩篇第23編(ダビデの作とされている)の替え歌。。。

The Beer Barrel is my shepherd ,
 I shall not crash.
He maketh me to land on flat runnaways:
he bringeth me in off the waters.
He restoreth my confidence .
Yea,though I come stalling into the groove at sixty knots,
I shall fear no evil: for he is with me; his arm and his paddle,
they comfort me.
He prepareth a deck before me in the presence of mine enemies;
he attacheth my hook to the wire ;my deck space runneth over.
 
 この英文の小説に初めて接したのは、今から20年も前の事ですが、
この詩の意味する信頼関係の凄さ!
 アメリカ海軍第77機動部隊所属の空母Savo号の艦長ジョージ・タラント提督とその部下との
信頼関係、さらには搭載機パイロットと着艦を誘導する愛称「びや樽」との信頼関係。

 毎日の港内操船を通じ、この詩全体に滲んでいるなんとも云えない素敵な信頼関係のことを
片時も忘れることはない。

「写真」添付の写真は、大阪港港大橋通航中のEVER GOLDEN
37,023GT。大橋を基点に70度激右転を要する大阪港での難所の一つに数えられる。
タグボートの姿勢制御には十分な経験とパイロットとのアウンの呼吸が必要とされる。
             
 
                                     (完)
                    
                            阪神水先人会 
                             大阪支部 稲葉八洲雄

ホームページ「海と船の写真展」URL:
    http://inaba228.sakura.ne.jp/
  E-mail,   mm2y-inb@asahi-net.or.jp

                 目次に戻る